規律とは、我慢することではない。51歳の僕が気づいた、目的に合わせて行動を選ぶ生き方。

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    生き様の実践

    「決めたことは必ず守る」

    「一度始めたことは、最後までやり抜く」

    「楽な方へ逃げてはいけない」

    僕は長い間、そんな考え方を大切にしてきました。

    幼少期から柔道に取り組み、高校ではボクシングを経験しました。

    厳しい競技環境で身につけた精神力や、最後までやり抜く姿勢。

    それらは、今でも僕の大切な財産です。

    しかし、51歳になった今、少し違う考え方をするようになりました。

    「規律とは、何が何でも我慢して、決めたことを守ることなのだろうか?」

    2026年11月1日。

    今日の生き様ジャーナルには、一見まったく関係のない3つの出来事がありました。

    トレーニングで腰を痛めたこと。

    ある方から、お詫びの手紙が届いたこと。

    そして、結婚記念日を迎えたこと。

    この3つを振り返るうちに、一つの共通点が見えてきました。

    「目的が違えば、優先すべき行動も変わる。」

    今回は、その気づきについて書いてみたいと思います。


    1|腰を痛めた。失敗ではなく、改善の材料にする

    僕は現在、筋力を伸ばしながら、腰への負担をできるだけ減らせるトレーニング方法を探しています。

    頻度、強度、種目、セット数。

    これまでさまざまな方法を試し、ようやく自分に合ったルーティンが見えてきたと感じていました。

    しかし、昨日のトレーニングで腰を痛めました。

    以前から腰には違和感があり、完全に問題がなくなっていたわけではありません。

    それでも、ほかの部位のトレーニングでは腰の状態が悪くならないこともあり、少しずつ改善できている感覚がありました。

    そんな中での今回の不調です。

    以前の僕なら、こう考えていたかもしれません。

    「せっかく決めたルーティンなのに」

    「また振り出しに戻ってしまった」

    しかし、今は違います。

    「この結果から、何を改善できるだろう?」

    そう考えるようになりました。

    今回の痛みが、特定の種目によるものなのか。

    重量やフォームの問題なのか。

    それとも、以前からの腰の状態が影響しているのか。

    原因はまだ分かりません。

    だからこそ、痛みが出た条件と経過を記録し、今後の運動を見直したいと思っています。

    僕が目指しているのは、決めたメニューを絶対に守ることではありません。

    「筋力を伸ばしながら、長くトレーニングを続けられる身体を作ること。」

    これが本来の目的です。

    そのために種目を変える必要があるなら、変えればいい。

    負荷を下げる必要があるなら、下げればいい。

    休養が必要なら、休めばいい。

    目標は変えない。しかし、そこへ向かう方法は変えていい。

    今回の腰の不調は、その考え方を改めて確認するきっかけになりました。


    2|相手への感謝と、今後の付き合い方は別の問題

    先日、楽しみにしていた学びの機会が、予定どおりに実施されない出来事がありました。

    以前にも似たことがあったため、正直、不信感が募りました。

    最初は、相手が予定を忘れていたのではないかと考えていました。

    しかし、その後に事情を聞き、自分の判断を見直すことになりました。

    それでも、気持ちがすぐに戻ったわけではありません。

    「今後も学び続けるべきなのだろうか?」

    そんな思いが残っていました。

    そして今日、その方からお詫びの手紙とコーヒーが届きました。

    僕は、それを受け取って、あることを考えました。

    「これからも学び続けるかどうかと、今回のお心遣いに感謝することは、別の問題ではないか?」

    今後の付き合い方については、まだ結論が出ていません。

    しかし、相手が気遣ってくれたことに対して、お礼を伝えることはできます。

    だから、返信しようと考えました。

    無理に以前と同じ関係へ戻す必要はありません。

    反対に、不信感があるからといって、相手の誠意まで受け取らない理由もありません。

    「感謝を伝えること」と「今後も付き合い続けること」は同じではない。

    ここを分けて考えられるようになったことは、僕にとって一つの変化です。

    そして、もう一つ考えたことがあります。

    こちらから丁寧にお礼を伝えることで、相手も話しかけやすくなるかもしれない。

    悪い雰囲気をそのまま引きずるのではなく、自分から少し歩み寄る。

    もちろん、実際に相手がどう受け止めるかは分かりません。

    それでも、自分がどんな態度で接するかは選べます。

    相手を変えようとするのではなく、まず自分がどんな空気を作るかを選ぶ。

    これも、僕が大切にしたい行動原則です。


    3|結婚記念日。今日は食事管理より、大切な時間を楽しむ

    そして今日は、結婚記念日です。

    普段の僕は、食事の内容を記録しています。

    摂取カロリー、PFC、体重、身体の状態。

    理想の肉体を追求するために、食事管理は欠かせないものだと考えています。

    しかし、今日については少し違います。

    「今日は、余計なことを考えずに食事と時間を楽しみたい。」

    そう思いました。

    せっかくの結婚記念日。

    妻と食事をしながら、

    「これは何キロカロリーだろう」

    「これは身体に良くないのではないか」

    「明日の体重が増えてしまうかもしれない」

    そんなことばかり考えていたら、食事そのものを楽しめなくなってしまいます。

    もちろん、普段の食事管理が無意味になったわけではありません。

    身体づくりをやめるわけでもありません。

    ただ、今日の目的は違うのです。

    今日、大切にしたいのは、夫婦で過ごす時間です。

    だからこそ、食事管理を少し緩めても構わない。

    何を食べるかだけでなく、誰と、どんな気持ちで食べるかを大切にしたい。

    そして、無理に食べたり飲んだりするのではなく、お互いが心地よく過ごせる時間にしたい。

    これは、規律を捨てたということではありません。

    その日の目的に合わせて、優先順位を変えたということです。


    4|同じ行動でも、何を目的にするかで意味が変わる

    今回の3つの出来事を振り返ると、共通点があることに気づきました。

    トレーニングでは、身体を鍛えることが目的。

    しかし、痛みがあるのに決めたメニューを守り続けることが、必ずしも目的に合っているとは限りません。

    人間関係では、相手への誠実な対応が大切。

    しかし、お礼を伝えたからといって、今後の関係まで無理に決める必要はありません。

    結婚記念日では、夫婦の時間を楽しむことが大切。

    だから、普段の食事管理をそのまま当てはめる必要はない。

    「何をするか」だけではなく、「何のためにするのか」。

    ここを考えることが重要なのだと思います。

    以前の僕は、決めた行動を守ることに価値を感じていました。

    今は、その行動が本来の目的に合っているのかを考えるようになりました。

    目的を忘れて手段を守ることに執着すると、規律そのものが自分を苦しめることもある。

    だからこそ、今の自分に必要な行動を選び直したいのです。


    5|根性論を捨てるのではない。使う場面を選ぶ

    僕は、根性論や精神論を否定するつもりはありません。

    幼少期からの柔道。

    高校時代のボクシング。

    全国レベルの競技環境で積み重ねた練習。

    そこで培った、苦しくても諦めない姿勢は、今でも僕の強みだと思っています。

    しかし、何でもかんでも根性だけで解決しようとすれば、無理が生じることもあります。

    例えば、身体に痛みがあるとき。

    根性でトレーニングを続ければ、かえって状態を悪化させるかもしれません。

    人間関係でも同じです。

    不信感があるのに、「相手を許さなければならない」と自分に言い聞かせる必要はありません。

    また、せっかくの結婚記念日に、普段の食事制限を何が何でも守らなければならないと考える必要もありません。

    「やり抜くこと」と「無理を押し通すこと」は違う。

    努力が必要なときには、努力する。

    休養が必要なときには、休む。

    考える時間が必要なら、結論を急がない。

    楽しむべき時間には、楽しむことを優先する。

    本当の規律とは、状況を無視して同じ行動を繰り返すことではなく、目的に合わせて自分の行動を選ぶことではないでしょうか。

    僕は、そう考えています。


    6|自分の感情と行動は、分けて考えられる

    今回、講師への対応を考える中で、もう一つ気づいたことがあります。

    それは、「自分の感情」と「自分が選ぶ行動」は、必ずしも一致させる必要がないということです。

    相手に不信感が残っている。

    しかし、お心遣いには感謝している。

    この二つの感情が、同時に存在していてもおかしくありません。

    そして、感情が完全に整理できていなくても、丁寧にお礼を伝えることはできます。

    結婚記念日も同じです。

    普段の食事管理が気になる気持ちはあります。

    しかし、今日は妻との時間を大切にするという選択ができます。

    「感情より規律。」

    僕が日々意識している言葉です。

    最近、この言葉の意味が少しずつ深まってきたように感じます。

    感情を無理に消すことではありません。

    感情があることを認めたうえで、その場にふさわしい行動を考える。

    「どう感じるか」と「どう振る舞うか」を分けて考える。

    これも、僕が磨いていきたい生き様の一つです。


    7|今日の気づきを、次の行動へ変える

    今回の3つの出来事を、単なる感想で終わらせたくありません。

    そこで、今後の行動原則を整理しました。

    ① 目標と手段を混同しない。

    筋力を伸ばしながらトレーニングを続けるという目標は大切にする。

    しかし、痛みを悪化させる方法にこだわらず、原因を確認しながら見直す。

    ② 感謝と今後の判断を分ける。

    お心遣いには感謝を伝える。

    そのうえで、今後の付き合い方は焦らず考える。

    ③ 特別な日は、その日の目的を大切にする。

    結婚記念日には、妻との時間を楽しむ。

    普段の習慣に縛られすぎない。

    ④ 感情だけで行動を決めない。

    不満や不安があっても、今の自分が大切にしたい振る舞いを選ぶ。

    ⑤ 一日の終わりに振り返る。

    自分が選んだ行動は、目的に合っていたのか。

    次は何を改善できるのか。

    その結果を、またジャーナルに残していく。

    知識で終わらせず、実際に行動する。

    そして、行動した結果から学ぶ。

    これが、今の僕の実践方法です。


    最後に|規律とは、大切なものを正しく優先するためにある

    51歳。

    僕は今も、理想の肉体と生き様を追求しています。

    トレーニングでは、筋力を伸ばしたい。

    人間関係では、誠実に振る舞いたい。

    家庭では、大切な人との時間を楽しみたい。

    どれも、僕にとって重要なことです。

    しかし、すべてに同じルールを当てはめる必要はありません。

    身体を守るために、休むこともある。

    相手への感謝を伝えながら、今後の関係については考える時間を取ることもある。

    大切な記念日には、普段の食事管理から少し離れて楽しむこともある。

    規律とは、我慢することではない。

    自分が本当に大切にしたいものを、正しく優先するためのものだ。

    今日の3つの出来事を通じて、僕はそう感じました。

    根性を捨てる必要はありません。

    努力する姿勢を変える必要もありません。

    ただ、その使い方は見直していい。

    「守るべきものは目的。変えていいものは方法。」

    これからも、この考え方を日常生活で実践していきたいと思います。

    知識より実践。

    感情より規律。

    言葉より行動。

    51歳。僕はこれからも、肉体だけでなく、生き様そのものを磨き続けます。

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