車を運転していると、時々理解しがたい光景に遭遇することがあります。
先日、急な割り込みをきっかけに、執拗な煽り運転を続ける車を目撃しました。一瞬の出来事に腹を立て、その怒りをいつまでも引きずっている。
その光景を見ながら、僕はあることを考えました。
「そこまで怒り続ける方が、しんどくないのだろうか?」
今回の出来事は、僕自身の感情の扱い方を改めて考えるきっかけになりました。
1|怒りを感じることと、怒り続けることは違う
突然割り込まれれば、誰でも驚くし、腹が立つこともあるでしょう。
それは自然な反応だと思います。
しかし、問題はその後です。
事故が起きなかった。
危険な状況は過ぎ去った。
それでも怒り続け、相手を追いかけたり、煽り返したりすることに何の意味があるのでしょうか。
「怒りを感じたこと」と「怒りに従って行動すること」は別です。
最初の感情は瞬間的に湧いてくるもの。しかし、その感情をどう扱い、次にどんな行動を選ぶのか。そこには、自分自身の判断が入り込む余地があります。
僕は、その余地こそ大切にしたいと思っています。
2|他人の感情に、自分の時間を奪わせない
今回の光景を見て感じたのは、怒り続けることによるエネルギーの浪費です。
相手の行動が気に入らない。
だから腹が立つ。
ここまでは理解できます。
しかし、その怒りを何分も引きずり、自分の時間や精神状態まで差し出す必要があるのでしょうか。
他人の行動は、自分にはコントロールできません。けれど、その出来事に対して自分がどう向き合うかは、変えていくことができます。
他人の未熟な行動に、自分自身の平穏まで明け渡す必要はない。
そう考えると、怒りを手放すことは単なる我慢ではなく、自分の大切な時間を守るための選択なのだと思います。
3|感情より規律。自分の反応を自分で選ぶ
僕が日々意識している言葉があります。
「感情より規律。」
感情をなくすという意味ではありません。
腹が立つことも、嫌な気持ちになることもある。それでも、その感情にすべての行動を任せないということです。今回の煽り運転を見て、改めてその大切さを感じました。
強さとは、怒りを大きく表現することではない。
自分の感情を認めながらも、必要以上に振り回されないこと。そして、危険な場面では相手に対抗するのではなく、安全を優先して距離を取ること。
自分の感情に従うのではなく、自分で選んだ規律に従う。
そんな行動を積み重ねていきたいと思います。
4|今回の気づきを、次の行動につなげる
今回、僕が実際に経験したのは、煽り運転を目撃し、その行動を客観的に考える機会を得たことです。
では、自分が同じような状況に遭遇したら、どうするのか。ここを決めておかなければ、単なる感想で終わってしまいます。
僕が意識したいのは、次の3つです。
- 危険な状況では、まず安全を確保する。
- 怒りが湧いても、相手に対抗して行動しない。
- 出来事が終わったら、必要以上に感情を引きずらない。
頭で理解することと、実際にできることは違います。だからこそ、これからの日常生活で自分の反応を観察し、実践していきたいと思います。
最後に|感情を消すのではなく、感情に支配されない
51歳。
肉体を磨くことと同じように、思考や感情の扱い方も磨いていきたい。
他人の行動を変えることはできなくても、自分の反応は変えられるかもしれません。
怒りを感じた自分を否定する必要はない。
しかし、その怒りにいつまでも付き合う必要もない。
「感情より規律。言葉より行動。」
今回の煽り運転の目撃は、その意味を改めて考えるきっかけになりました。
知識として理解するだけで終わらせず、日常の行動で実践していく。
それが、僕の目指す生き様です。


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