先日、葬儀の現場で、あることが気になりました。
それは、焼香の際に行う一礼です。
参列される方々の姿を見ていると、軽く頭を下げる人もいれば、身体を小さく丸めるように会釈する人もいる。
その光景を見ながら、僕はふと思いました。
「自分なら、どんな一礼をするだろう?」
そして、もう一つ。
「本当に格好良い男とは、どんな振る舞いをする人間なのだろう?」
51歳になった今、僕は肉体だけでなく、思考・感情・行動、そして生き様そのものを磨こうとしています。
今回の出来事も、その一つのきっかけになりました。
1|一礼という、何気ない動作に目が向いた
葬儀の仕事をしていると、さまざまな方の振る舞いを目にします。
その中で、今回特に気になったのが焼香の際の一礼でした。
軽く頭を下げる。
背中を丸めたまま会釈する。
慌ただしく動作を終える。
もちろん、その人がどんな気持ちで一礼しているのかは分かりません。
緊張しているのかもしれない。
慣れていないのかもしれない。
身体の事情によって、深く頭を下げられない方もいるでしょう。
だから、その姿だけを見て、敬意がないと決めつけるつもりはありません。
しかし、僕自身はその光景を見て、改めて姿勢の大切さを考えました。
「自分は、もっと丁寧で美しい所作を身につけたい。」
そう感じたのです。
2|背筋を伸ばす。それだけで印象は変わる
例えば、一礼をするとき。
背筋を自然に伸ばす。
動作を急がず、丁寧に頭を下げる。
そして、静かに元の姿勢へ戻る。
同じ一礼でも、その動作には違った印象が生まれます。
僕は、背筋が伸び、落ち着いた動作をする人に魅力を感じます。
無駄な動きがなく、自然体でありながら、どこか凛としている。
「あの人、何か違うな。」
そんな印象を与える人は、必ずしも特別なことをしているわけではありません。
立つ。
歩く。
座る。
頭を下げる。
こうした日常の何気ない動作が、丁寧なのです。
格好良さは、派手な行動だけではなく、小さな所作の積み重ねにも表れる。
僕は、そう考えています。
3|鍛えた身体を、どう使うのか
僕は長年、身体を鍛えてきました。
幼少期には柔道、高校時代にはボクシング。
そして51歳になった今も、理想の肉体を追求しています。
胸を厚くする。
肩を大きくする。
背中を広くする。
筋量を増やし、身体の質感を磨く。
もちろん、それは僕にとって大切な挑戦です。
しかし最近、もう一つ考えるようになりました。
「せっかく鍛えた身体を、日常生活でどう使っているのか?」
どれほど筋肉があっても、普段から姿勢が崩れていたら、僕が目指す格好良さとは少し違います。
身体を鍛えることと、身体を美しく使うこと。
この二つは、つながっているようで別の課題です。
立ち姿。
歩き方。
人と話すときの姿勢。
そして、一礼。
筋肉をつけることだけが、肉体を磨くことではない。
日常の動作まで意識できてこそ、僕が目指す身体の使い方に近づくのだと思います。
4|礼節とは、相手への敬意を行動で表すこと
僕は現在、葬儀の仕事に携わっています。
故人様の最後の旅立ちをお手伝いする仕事です。
そこには、ご家族にとって大切な時間があります。
だからこそ、僕自身の振る舞いにも責任があると思っています。
丁寧な言葉遣い。
落ち着いた態度。
相手を急かさない動作。
そして、心を込めた一礼。
どれも特別な技術ではないかもしれません。
しかし、こうした一つひとつの行動が、仕事に対する姿勢を表すのだと思います。
「礼節とは、相手への敬意を行動で表すこと。」
もちろん、姿勢や一礼の形だけで、敬意の深さが決まるわけではありません。
大切なのは、相手を思う気持ちです。
しかし、その気持ちを言葉や所作でも丁寧に表すことができたなら、より良いのではないでしょうか。
僕は、そういう仕事の仕方を目指したいと思っています。
5|その場の空気をつくるのも、自分の振る舞い
今回の気づきは、葬儀の現場だけの話ではありません。
前日の夕食時にも、似たことを考える出来事がありました。
愛犬が粗相をしたことで、家の中に大きな怒鳴り声が響きました。
その瞬間、楽しかったはずの食事の雰囲気が変わりました。
同じ食事。
同じ場所。
同じ時間。
それでも、周囲の言葉や態度によって、自分が感じる心地よさは変わる。
そこで、改めて感じたのです。
「自分の振る舞いも、周囲の人の気持ちに影響を与えているのではないか。」
不機嫌な声で話すのか。
穏やかな声で話すのか。
相手を急かすのか。
落ち着いて対応するのか。
僕自身も、日常の中で完璧にできているわけではありません。
だからこそ、自分がどんな空気をつくっているのか、意識したいと思っています。
自分の気分だけでなく、周囲の人がどう感じるかまで考えて行動する。
これも、僕が磨きたい生き様の一つです。
6|「何か違う」と感じさせる男になりたい
僕が目指しているのは、単に筋肉がある男ではありません。
見た目が格好良い。
姿勢が良い。
話し方が落ち着いている。
相手への配慮ができる。
そして、何気ない行動にも品がある。
そんな男です。
僕は最近、日常生活の小さな出来事から、自分自身の行動を見直すようになりました。
道に落ちているゴミを拾う。
感情的になりそうな場面で、一度立ち止まる。
相手の話を最後まで聞く。
そして、今回は一礼を丁寧に行う。
どれも、難しい知識が必要なわけではありません。
しかし、知っていることと、実際にできていることは違います。
「姿勢を良くした方がいい」
「礼儀正しくした方がいい」
そんなことは、誰でも知っているでしょう。
問題は、それを実際の日常で行えているかどうかです。
僕は、そこにこだわりたいと思っています。
7|今日の気づきを、明日の所作へ変える
今回の気づきを、単なる感想で終わらせたくありません。
そこで、自分自身の行動ルールを整理しました。
① 立つときは、自然に背筋を伸ばす。
無理に胸を張るのではなく、身体に負担のない姿勢を意識する。
② 一礼は、急がず丁寧に行う。
故人様やご遺族への敬意を、落ち着いた動作で表す。
③ 人と話すときの姿勢を意識する。
相手に身体を向け、話を最後まで聞く。
④ 自分の声や態度が、周囲に与える影響を考える。
気分が悪いときでも、そのまま周囲へぶつけない。
⑤ 他人を評価するより、自分の振る舞いを磨く。
気になる所作を目にしたら、自分はどうありたいのかを考える。
知識として理解するだけではなく、実際の行動で確かめる。
そして、一日の終わりに振り返る。
それが、今の僕の実践方法です。
最後に|本当のイケおじは、所作まで格好良い。
51歳。
今も僕は、理想の身体と生き様を追求しています。
筋肉を鍛えることは、これからも続けていきます。
しかし、それだけで満足したくありません。
背筋を伸ばす。
落ち着いて歩く。
丁寧に一礼する。
人の話を最後まで聞く。
周囲の人に、不必要な不快感を与えない。
こうした小さな行動も、日々のトレーニングと同じように積み重ねていきたい。
本当の格好良さは、見た目だけでは決まらない。
何気ない所作に、その人の生き様が表れる。
もちろん、僕自身もまだまだ完成していません。
だからこそ、今日も一つ、自分の行動を磨く。
そして、明日もまた実践する。
知識より実践。
感情より規律。
言葉より行動。
「格好良い男」は、見た目だけではつくられない。
僕は、所作まで格好良い男を目指していきます。


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