「それは身体に悪い」
「そんなことをしても意味がない」
「自分には合わない」
世の中には、さまざまな情報や正論が溢れています。
しかし、その言葉を口にしている人は、本当に自分自身で経験したのでしょうか。
もちろん、経験していなくても、科学的な知識や他人の経験から学べることはたくさんあります。
ただ、最近の僕は一つのことを強く意識しています。
「知っていること」と「自分で経験したこと」は違う。
知識として理解するだけで終わるのか。
実際に行動し、自分自身の経験へと変えていくのか。
51歳の今、僕は後者を大切にしたいと思っています。
1|経験する前に、自分の可能性を閉ざしていないか
人は何か新しいことを始めようとするとき、さまざまな理由を考えます。
「自分には向いていない」
「今さら始めても遅い」
「そんなことをしても変わらない」
しかし、その判断には本当に根拠があるのでしょうか。
実際に経験した結果、そう判断しているのか。
それとも、過去の思い込みや他人から聞いた情報だけで結論を出しているのか。
僕自身も、これまでの人生で経験する前から決めつけてしまったことがあったと思います。
しかし、今はできるだけそうした判断を避けたい。
「やってみなければ分からないことを、やる前から否定しない。」
これは、僕が自分自身に課している行動原則の一つです。
ただし、何でも無条件に試すという意味ではありません。
危険性や健康への影響が分かっていることまで、わざわざ経験する必要はない。
信頼できる知識を学び、そのうえで自分に試せることを実践する。
そこから得られた結果を、自分自身の判断材料にしていきたいのです。
2|言葉に「体温」が宿るのは、経験があるから
僕は幼少期から柔道に取り組み、高校ではボクシングを経験しました。
全国・世界レベルの選手が集まる環境で、厳しい練習を重ねてきました。
その経験から、今でも大切にしていることがあります。
「本物から学ぶこと。そして、学んだことを自分で実践すること。」
競技の世界では、知識として理解していても、実際にできるとは限りません。
技術を教わる。
動きを理解する。
しかし、いざ自分でやってみると、思うように身体が動かない。
そこから練習を重ね、失敗し、修正する。
その繰り返しによって、知識が少しずつ自分の技術に変わっていきます。
これは、スポーツに限った話ではないと思っています。
仕事でも、人間関係でも、自分磨きでも同じです。
頭で理解したことを、実際の行動へ移してみる。
うまくいかない経験もする。
その結果から、自分なりの考え方が生まれる。
借り物だった知識が、自分自身の言葉に変わる。
僕は、その過程に価値を感じています。
もちろん、経験した人の言葉が必ず正しいわけではありません。
それでも、実際に取り組んだ人だからこそ語れる苦労や気づきがある。
その言葉には、知識の説明だけでは伝わらない「体温」が宿るのだと思います。
3|ポテトチップス一切れから考えた、思い込みの問題
昨日、僕はポテトチップスを一切れ口にしました。
たった一切れです。
しかし、この小さな行動からも考えさせられることがありました。
例えば減量中、「お菓子は食べてはいけない」と決めつけてしまうことがあります。
確かに、食事全体の栄養バランスや摂取カロリーは重要です。
しかし、一つの食品を食べたという事実だけで、すべてが台無しになるわけではありません。
「食べたら悪い」と決めつけるのではなく、何をどれだけ食べ、全体としてどう管理しているかを考える。
今の僕は、そのように考えています。
ただし、ポテトチップスを一切れ食べた翌朝の体重が変化しても、
それが一切れの影響だとは判断できません。
体重は水分量、食事量、排泄など、さまざまな条件によって変動します。
だから、一度の体験だけで結論を出すこともしない。
今回の一切れで重要だったのは、身体に何か特別な変化が起きたことではありません。
自分の中にある「これは食べてはいけない」という考え方を、改めて見直すきっかけになったことです。
たった一切れ。
それでも、そこから学べることはある。
僕にとっては、そんな小さな出来事でした。
4|実践するだけでは足りない。結果をどう判断するか。
僕は現在、肉体支配ログで身体の変化を記録しています。
体重、食事、睡眠、トレーニング、見た目の変化。
そして、実際に感じたこと。
その日の状態を記録し、過去のデータと比較する。
しかし、最近になって強く感じるのは、行動しただけでは、まだ検証とは言えないということです。
例えば、何か新しい方法を試して身体の調子が良くなったとします。
そこで、
「この方法のおかげで調子が良くなった!」
と判断したくなることがあります。
しかし、同じ時期に睡眠時間が増えたり、トレーニング量が変わったりしていたかもしれません。
そう考えると、一つの変化だけを取り出して結論を出すことはできません。
実践する。
記録する。
結果を観察する。
ほかに影響した可能性も考える。
そして、必要に応じてもう一度試す。
経験したことを、どう解釈するか。
ここまで考えて初めて、自分なりの判断に近づけるのだと思います。
5|やり抜くことと、方法を変えないことは違う
以前の僕には、強い根性論がありました。
一度決めたことは、最後までやり抜く。
途中で諦めない。
どんなに苦しくても続ける。
競技生活で培ったこの考え方は、今でも僕の財産です。
しかし、最近は少し違った視点を持つようになりました。
「納得できるまで実践すること」と「同じ方法を頑なに続けること」は違う。
例えば、トレーニング。
重量を上げることばかり考えていても、狙った筋肉へ十分な刺激が入らないことがあります。
そんなときは、重量を下げて動作を見直す。
可動域や張力を意識する。
そして、実際の筋肉への刺激や回復状態を確認する。
目的は、重い重量を扱うことそのものではありません。
理想の身体へ近づくことです。
その目的のために、必要なら方法を変える。
これは日常生活にも当てはまります。
今までのやり方が正しかったとしても、今の自分にとって最適とは限りません。
だからこそ、実践しながら考える。
結果を見ながら修正する。
守るべきなのは目的。変えていいのは方法。
今の僕は、そう考えています。
6|知識を自分の経験へ変えるために
最近、僕は日常の小さな出来事も記録するようになりました。
気になったことがあれば、Notionにメモする。
疑問が生まれたら、ジャーナルで深掘りする。
必要に応じて対話を通じて、考えを整理する。
そして、次に何を実践するのかを決める。
以前は、学んだ知識を理解すること自体に満足していた部分もあったかもしれません。
しかし、今は違います。
学んだことを、実際の生活で使えているか。
ここを大切にしたいと思っています。
音声学習で良い考え方を学んだなら、日常で試してみる。
時間管理について気づいたなら、実際に時間の使い方を変更する。
人間関係で疑問を感じたなら、自分の反応や言葉の選び方を振り返る。
どれだけ小さなことでも構いません。
知識を行動へ変える。行動を経験へ変える。経験を次の判断材料へ変える。
この循環を続けていきたいと思っています。
最後に|物知りな男ではなく、経験を語れる男へ
51歳。
これまで、さまざまな経験をしてきました。
しかし、経験が多ければ、それだけで正しい判断ができるとは思っていません。
大切なのは、何を経験したかだけではなく、その経験から何を学んだか。
そして、その学びを次の行動にどう活かすかです。
知識を集めることも大切。
人から学ぶことも大切。
しかし、学んだだけで満足したくはありません。
自分自身の身体と人生で、確かめられることは確かめていく。
うまくいったことも、失敗したことも記録する。
思い込みが間違っていたなら、素直に修正する。
経験しても分からないことがあれば、分からないままにせず、さらに学ぶ。
そうして、自分なりの答えを少しずつ見つけていきたい。
「知っている」と「経験した」は違う。
そして、
「経験した」と「正しく理解した」も、また違う。
だから僕は、これからも実践し、記録し、考え続けます。
知識より実践。
感情より規律。
言葉より行動。
物知りなだけの男では終わらない。
自分の経験を、自分の言葉で語れる男になる。
それが、51歳の僕が目指す生き様です。


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